インタビュー「私の見た首都高」桐島ローランドさん

 最初に首都高を走ったのは16歳だったかな。オートバイの免許を取ってすぐでした。まだあまり上手く走れなくて、ドキドキしていた記憶があります。

 あの当時、世の中はまさにバブル景気に向かって走り出していましたので、好景気に湧いていました。でも自分はと言えば、モデルのアルバイトで稼いだお金しかなくて、全く余裕はありませんでした。バイクのガソリンもぎりぎりしか入れられなくて、いつもガス欠との闘い。燃費だって、今からは考えられないくらい悪かったですからね。でも今思うと、自分にもそんな健気な時代があったんだなぁと懐かしい気がします。

 写真を勉強していた頃、ニューヨーク暮らしをしていましたし、海外で車に乗って移動することも多いのですが、ニューヨークやヨーロッパ、北京などの大都市と比較しても、東京の首都高は特異な道路であると思います。ニューヨークのように片側が川で、片側がマンハッタンというのもとても美しいのですが、所狭しと立ち並ぶビルを縫うようにして、大都会を自在に行き来できる道というのは首都高だけではないでしょうか。海外の友人が来たときに首都高を走ると、みな一様に感動しますし、「これが東京」という強い印象を持つようです。首都高が東京という街の風景の一部であることは間違いないでしょう。

 ひとつリクエストがあるとすれば、山手通りに設置されている換気塔です。例えばいろんな彫刻家の人にお願いして、換気塔をひとつのオブジェにする。あるいは換気塔をビルの一部として包んでしまうなど、むしろ積極的に街の景観のひとつとして捉え、僕らの目を楽しませてほしいなと思いますね。

渡辺真理さん
桐島ローランドさん
1968年4月27日東京生まれ
ニューヨーク大学芸術学部にて写真を学び、1991年卒業。以降、写真家としての活動を始める。一方、2007年にはダカール・ラリーにバイクで出場。初参戦ながら見事完走を果たす。現在は、写真家のみならずマルチクリエイターとして多方面で活躍している。
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