インタビュー「私の見た首都高」徳井義実さん

 東京に出て来たのは30歳の時でした。もちろん、それまでは阪神高速道路などもよく走っていました。阪神高速道路もそれはそれでなかなか緊張感のある道路ですが、首都高はそれとはまた少し違って、道路のネットワークや分岐が複雑で、最初はすごく戸惑いましたね。

 特に箱崎から向こう、6号向島線を通って埼玉方面に向かう道などは、今でも慎重になります。緑の案内板を見ても、地名が耳慣れないので「え? そこ、どこ?」 みたいなね。

 しかも、出身が京都なので、「碁盤の目」に慣れてしまってるんです。京都では真っ直ぐ進んでいるのに違う方角に向かうということはまずない。でも首都高では、自分は真っ直ぐ走っているつもりなのに、気がつくと思いもかけない方角に進んでたりとか。方向感覚にはけっこう自信がある方なんですけどね。

 それでも、最初からカーナビ任せにするのは好きじゃなくて、道はなるべく覚えようとするタイプ。覚えたあとにカーナビを使うのは僕の中ではOKなんです。首都高も今では随分慣れましたよ。

 僕はクルマもオートバイも大好きですから、ほぼ毎日首都高を使っています。特に僕の乗っているドゥカティは、もともとスポーツバイクとして作られているから、ハンドルも低いし、前傾姿勢が強いので、信号の多い街中より、首都高の方が快適に走れるんです。

 三軒茶屋から乗って汐留で降りる。これが一番よく使うルート。あと、好きなのは、汐留から乗って、芝公園を通過し、飯倉トンネルを抜けて、コーナーを曲がって直線に出た時。ズドーンと抜ける感じが好きですねぇ。

徳井義実さん
徳井義実さん
1975年4月16日生まれ。京都市出身。
高校時代から、同級生とともに漫才コンビを結成し、学園祭でオリジナル漫才をするほど、漫才に熱心に取り組む。 高校卒業後、紆余曲折を経て、幼なじみの福田充徳さんとチュートリアルを結成。ABCお笑い新人グランプリ優秀新人賞、上方漫才大賞新人賞などを獲得し、2006年、第6回「M-1グランプリ」優勝。2007年、東京へ拠点を移し、現在も大人気を誇っている。
アーカイブス 働く首都高

私の見た首都高
働く首都高
イラスト 首都高PAめぐり
digimo首都高デジタル車体GET
ダウンロードfor iPhone
ダウンロードfor Android
digimo
Facebook

My Favorite Scene

My Favorite Scene


このページの先頭へ