インタビュー「私の見た首都高」高橋英樹さん

 私が初めて首都高を使ったのは1964年の東京オリンピックが開催された年でした。高速道路ができあがった時は本当にびっくりしましたよ。それまではビルの間をぬって道路が走るなんてありえないことでしたから。まさに『鉄腕アトム』の世界が実現したという衝撃がありましたね。あのワクワク感は忘れられないです。

 そんな当時の首都高のイメージは新宿の入口(現在の初台入口)から入って、右方向へ。そして代々木を左方向に曲がり、明治神宮、東京体育館、国立競技場を超えて弁慶橋の方までいくルートですね。そこからトンネルに入っていくまでが、未知の世界だったんです。適度にカーブもあり、このコースが自分の中では「走ったぜ!」という気持ちになれたんですよ。当時は撮影所が調布にあったこともあり、甲州街道をよく使っていたんですが、首都高ができてからはロケから現場へ行くのも全て首都高になりました。

 今やってる刑事ドラマなんかは新宿~横浜~目黒を一日で移動して撮影ということもあります。もちろん移動は全て首都高。ロケ現場はやっぱり高速道路を降りた場所から近いところを選ぶものなんです。

 プライベートでも首都高を使って移動することが多いですね。運転しない人にはあの未来的なツクリは分かりづらいと思いますが、あの形が面白いんですよ。

 最近の人はみんなナビに頼りっぱなしだけど、ナビってすごく遠回りのルートを指示してくることがあるでしょう? だからあまり好きじゃないんです。僕はいつも太陽を見ながら方角を見定めて運転していますね。それでも十分に目的地にたどり着けます。

 首都高はなんだかんだと渋滞したりもするけれど、首都高が充実したおかげで私たちの生活は成り立っていますよね。首都高を自分で運転しない人だって、あらゆる人がその恩恵を受けているわけです。2020年には東京オリンピックが開催されますから、それと同時に首都高がまたどのように進化していくか楽しみです。

高橋英樹さん
高橋英樹さん
昭和19年2月10日、千葉県生まれ。
高校在学中に日活ニューフェース5期生として日活に入社、
俳優としてデビューする。
時代劇にはなくてはならない存在として知られているが、
現代劇、バラエティなどでも幅広く活躍し、
その温かい人柄から、
老若男女問わず多くのファンに親しまれている。
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