インタビュー「私の見た首都高」高橋英樹さん

 初めて首都高に乗ったのは、確か19歳の時で、サイドカーの助手席。なぜだかは思い出せないのですが、今でも活躍されている二輪ジャーナリスト、柏秀樹さんの運転でした。「うわぁ首都高ってなんて面白いんだろう」って、ドキドキしました。

 高校を卒業してすぐ、原稿輸送をするプレスライダーの仕事についたんです。「オートバイは私のエネルギーを受け止めてくれる」 まだ若く、世界中を旅したかった私にとってオートバイは、どこにでも連れていってくれる魔法の乗り物でした。

 実はプレスライダーの仕事では首都高は使わないことになっていたのですが、毎日、都内を走り回っていましたから、常に首都高がそばにありました。雨の日、首都高の下に入るとホッとしましたね。私の中では首都高のない東京はちょっと想像できないかもしれません。

 プレスライダー時代の男友達が代々木のマンションに住んでいて、その部屋からちょうど首都高が見下ろせたんです。いい具合にカーブの続く首都高と神宮の森が一体となって、とても印象的でした。私は父の仕事の都合で全国を転々としながら成長しましたから、基本的に田舎育ちなんです。だから首都高=都会。そのときマンションから見下ろした首都高の風景は今でも鮮明に覚えています。

 30代で朝霧高原に暮らしの拠点を置き、昨年、長野県に引っ越しましたが、母と姉が吉祥寺に住んでいますし、雑誌の取材やテレビの収録も東京のスタジオですることが多いので、しょっちゅう東京に出てきます。ですから、大自然や動物たちに囲まれた今の暮らしは、やはり首都高がなければ成り立ちません。高速道路をずっと運転してきて、首都高のパーキングで一息入れたり、ときには原稿を書いたり、時間調整をしたりしています。

 渋滞にはまってもあまりイライラすることはなくて、大好きなレインボーブリッジだと、「ゆっくり見れていいなぁ」と思うし、「この場所にはどんなマテリアルが使われているんだろう」と想像を巡らせたりしてるんですよ。

高橋英樹さん
三好礼子さん
1957年生まれ。エッセイスト。18歳のときオートバイで日本一周し、『日本一周乙女の独り旅』 と題した旅日記をバイク雑誌に連載。1987年、オートバイでパリ・ダカールラリーに参戦し、3度目で見事完走。1995年に東京を離れ、田舎暮らしを始める。現在はトレイルランニングの世界でも活躍している。
http://www.fairytale.jp
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