History
時代と歩んだ60年

首都高は、日本の高度成長とともに発展してきました。
インフラの維持やより快適に首都高をご利用いただくため、これからも進んでいきます。

1962

首都高初開通

1962年12月20日に京橋~芝浦間4.5kmが開通し、首都高としてのスタートを切りました。

1964

オリンピック関連高速道路の建設

1964年10月の東京オリンピック開催までにオリンピック関連高速道路として位置づけられた区間の開通を間に合わせるために大工事を敢行。「浜崎橋JCT~芝公園」はなんとオリンピック開会式の9日前に開通しました。

1968

総延長50㎞突破

1967年に芝公園~霞が関間が開通し、都心環状線が全線開通。その翌年には神奈川県内に初めて首都高(横羽線)が開通し、首都高の総延長は50㎞を突破。都心の交通網の整備が着々と進められていきました。

1971
88

都心ネットワークの整備

1971年から1988年にかけて6号向島線、7号小松川線、3号渋谷線、4号新宿線などの各線が開通。
東名、中央道、東北道などの都市間高速道路とも接続しました。

1989
93

横浜ベイブリッジ・レインボーブリッジ開通

1989年に横浜ベイブリッジ、1993年にレインボーブリッジが建設され、東京・神奈川のシンボルが誕生。
レインボーブリッジは来年2023年に開通30周年を迎えます。

2001
21

さらなる路線の開通と公平な料金体系への移行

2015年には中央環状線が全線開通され、首都高のネットワークが効率的に利用できるようになりました。
また、ETCサービスの導入や公平な料金体系を目指し、均一料金から距離に応じた料金への移行も進めてきました。

現在

2022

こうして首都高はこれまでのネットワーク整備を経て、総延長327.2km、1日の通行台数は約100万台、1日の総走行距離は地球500周分に相当する約2000万台kmにまで達する、首都圏の大動脈として、首都圏のひと・まち・くらしを支えています。

未来

To be continued…

未来を見据えた首都高の
さまざまな取り組み

首都高リニューアルプロジェクト

開通から半世紀以上が経過し、過酷な使用状況のなか構造物の損傷・高齢化が進行。部分的な補修では対応しきれない箇所も出てきています。これからも安全・安心に首都高をご利用いただくために首都高リニューアルプロジェクトを進めています。

カーボンニュートラル戦略

2050年のカーボンニュートラル実現を目指し、道路インフラの最大限有効活用、省エネルギーの徹底や再生可能エネルギーの導入等を推進していきます。

先端技術の活用

建設から維持管理に至る様々なシーンで、最新のデジタル技術等を活用し、生産性の向上・高度化、新たな価値の創出に取組んでいます。