Volume 2
失恋タクシー
あーあ。私バカみたい。呼び出されて、嬉しくって、ホイホイ行っちゃってさ。
「俺たち、もう会うのやめよう」だって。「別れよう」じゃなくて。
付き合ってもなかったんだ。
今日は仕事の後、優子たちと飲みに行く予定だけだったから、慌てて薬局で化粧道具買って、駅ビルでピアス買って、時間ギリギリまでトイレで化粧直して。その後フラれるなんて知らずに。本当バカ。
てか、そっちが用あるならそっちが来いよ!なんで私が川崎まで行かなきゃいけないわけ?!腹立ってきた!あんなヤツ、別れて正解!!!
もうムカつくから、タクシーで帰ろ!電車でイチャイチャしてるカップルみたら、おかしくなりそうだし!!!
いくらかかるかな…?ふと冷静になる。でも…なんか調べたら負けな気がする。それに…今日は私、タクシーに乗る権利あると思う!
そんな可哀想な私の元に、タクシーはすぐ来てくれた。
「王子まで」
「かしこまりました!」
運転手さん心なしか嬉しそうだ。結構お金かかるのかな…。
ここでひるんだら負け。
「高速使っちゃってください!」
使っちゃって、という言い回しが小市民よね。
「じゃあ浜川崎から乗りますね!」
勢いでタクシーに乗ったものの、羽田から飛び立つ飛行機が見えては「アイツと旅行とかももう行けないんだ」大井競馬場が見えては「競馬に勝った時は奢ってくれたなー」レインボーブリッジが見えては「お台場で映画見たなー」って全部アイツに結びつけちゃってさ。
自分で自分を悲劇のヒロインに追い込んでしまう私の悪いクセ。
今日くらいヒロインになったっていいじゃない。
でも…なんでだろう?全然涙出ない。いつの間にか私、強くなりすぎちゃったのかな。
それとも、アイツのこと別にそんなに好きじゃなかったのかな。もうよくわかんない。
とりあえず私が今すべきことは…スマホを開いて優子に謝ることだ。
『ゆーこ!今日はドタキャンしてごめん!私、フラれた!』
優子は「別れた方がいいと思うよ」って言ってくれてたね。アイツのいいとこ知らないくせに、なんてあの時は思ってたけど、今となっては優子の言う通りだったよ。
優子から返信。
『まだ飲んでるよ。おいで』
急に泣けてきた。優子はいつもそうやって優しいんだ。
『前行った有楽町の韓国料理の店で待ってるよ!』
行き先の変更を運転手さんに告げる。
「かしこまりました!じゃあ、京橋で降りますね」
改めて見たら、運転手さん、ちょっとお年は召してるけど、ダンディでハンサムだ。次、付き合うならこういう落ち着いた年上の人がいいかもしれない。そういえば、運転もブレーキのかけ方も穏やかで心地良い。
なんか私、色々視野が狭くなってたかも。
もっと周りの人を、一つ一つのことを、大事にしよう。
窓から見える景色に、アイツの思い出がないものを探してみる。
「浜離宮でお抹茶、みたいな大人のデートがしたいな」
「新橋演舞場で着物着て歌舞伎デートとかもいいな」
うん、次は絶対年上にしよう。
現実逃避してたらあっという間に店の前についた。思ったよりは安く済んだタクシー代を払う。
「ありがとうございました。またご利用ください」
運転手さんがポケットティッシュをくれた。
勝手に、今日は泣いても良いんだよ、って言われたような気がしちゃった。
よし、今日はいっぱい泣こう。いっぱい飲んで食べよう。
友達に甘えて、自分を思いっきり甘やかして、明日からは人に優しく生きよう。
そんなことを思う失恋の夜なのでした。
※本文は友達と飲んで酔っ払って、電車で寝ちゃって、駅前に何もない駅に着き、終電もなく、2万近くかけてタクシーで帰ってきた思い出を脚色したものです。
(次回は2月更新予定です)
PROFILE山﨑ケイ(お笑い芸人)
1982年千葉県生まれ。2013年、相方の山添寛とコンビ「相席スタート」を結成し、男女の日常をネタにしたコントや漫才で人気を博す。M-1グランプリ2016ファイナリスト。「ちょうどいいブス」としてメディア出演多数。
現在、YouTubeチャンネル【相席YouTube】を開設中!
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