Volume 8
あの夏のBirthday Drive

「今日、あのホテルのスイート取れたよ」
左ハンドルを慣れた手つきで運転しながら彼が言う。

今日は結婚して初めての私の誕生日。

彼のお金で買った車に、彼のお金で買った服を着て乗っている。

「車もう一台買っちゃおうかな〜」
何の不自由もない生活。これで良かったんだ。

車は千葉方面に向かっている。

窓から見える景色に、ふと8年前のあのドライブのことを思い出してしまう…。

8年前。

『三茶のこの辺に来て』
そんなメッセージとともにGoogle マップのスクショが送られてきた。彼がいるであろう場所に青の点。

何で車道上にいるの？？

ともかく急いで準備をして家を出る。

「この辺のはずなんだけど…」

「こっちこっちー！」
世田谷区ではあまり見かけない、UFOキャッチャーで取ったであろうぬいぐるみがいっぱい積んである、かわいい色の、かわいいサイズの車から彼が顔を出す。

「え？この車どうしたの？」
「茨城の実家からアネキの車借りてきた」

聞くと私の誕生日デートのために借りてきてくれたらしい

「ねー！金髪と、この車あってなさすぎ（笑）」

恥ずかしそうに笑う彼。

「いいから、乗って！」

かわいいコンパクトカーを運転している彼がまたかわいくて、わざわざ実家に取りに行ってくれたことも愛おしくて。

パシャッ！パシャッ、パシャッ！

「やめろよ！撮るなよ！」
「ふふ（笑）」

池尻から首都高に入る。もちろん彼はETCカードなど持っていない。

お金の受け渡しもギリギリ。
指にお札はさんで、腕思いっきり伸ばして、なんとかお尻を浮かせないようにして、ギリギリじゃない感出してるのが、またかわいい。写真撮りたいけど、危ないから合流までは我慢。

「首都高久しぶりだから緊張するな〜」
「え？ウチまで運転して来たんじゃないの？」
「来るときは一般道で来たからさ」

彼はとにかくお金がないのだ。

「今度のライブのチケット何枚か買うよ？職場の音楽好きの人も見に行きたいって言ってたし！」
「いいよ、招待で入れるようにしとくから」
もう！またカッコつけて！

「どこに連れてってくれるの？」
「浦安のスーパー銭湯。お風呂の種類多くて楽しそうだったから！あの…旅行とかじゃなくてごめん…」

「ううん、なんでも嬉しい！あーそういえば、飲み物とか買ってくれば良かったね」
「後ろのビニールに入ってるの好きなやつ飲んで良いよ」

わぉ！誕生日だからって至れり尽せり！午後ティーあったらうれしいなー！
って、え？お酒しかない…。

「昼から飲む酒が一番うまい、ってよく言ってるじゃん？」

粋なサプライズだろ？みたいな顔してるけど、別に車の助手席でそれをやりたいってわけじゃなくて…テラス席でスパークリング飲む的な、もしくは町中華で瓶ビール飲む的な、そういうイメージなのよ。

ちょっとズレてるんだよなー（笑）
ライブでギター弾いてる時、あんなにかっこいいのに。

すでにちょっとぬるくなっているビールを飲みながら、東京タワー、レインボーブリッジを横目に、コンパクトカー運転してる金髪バンドマンをチラチラ見たり、パシャパシャ撮ったり。

楽しいなー。幸せだなー。
「ありがとね。すっごい楽しい！」
「いや、まだ目的地にも着いてないから！」

だって気持ちがうれしいじゃん。本当に別に何にもいらないんだ。
こうやって2人で一緒にいるだけで楽しくて幸せなんだ。

浦安出口から首都高を降りて、東京ディズニーリゾート方面に向かって進む。

もうすぐスーパー銭湯着くみたい。

「ディズニーも今度一緒に行きたいな」
「おう！来年の誕生日にはホテルの一番高い部屋もつけて、連れて行ってやるよ！」

「期待しないで待っとく（笑）」
「そこは期待して！」

来年、てわけにはいかなかったね。8年かかった。
でも本当に夢叶えるなんて！

彼のバンドは5年後、爆売れして、昨年私は晴れて妻になり、今日はあのホテルのスイートに泊まれるらしい。

「今日はパークで遊んで、ホテル泊まって…明日、前に行ったスーパー銭湯一緒に行かない？」
「え？温泉行きたいなら、箱根にすごい良い旅館あるからそこに来週一泊行く？」

「違う！あのスーパー銭湯がいいの！」
「何だよ？あそこそんなに気に入ってたの？」

彼は貧乏の反動で、金銭的に調子に乗りやすいところがある。

「そう！あそこそんなに気に入ってたの！」

妻の私がしっかり管理していかなければ！！！

「あと『もう一台車買っちゃおうかな〜』って言ってたけど、今の車のローン払い終わってからまた考えようね！」

 

今回はヒャク妄想回です

あのホテルのスイート、他人のお金で泊まってみたい！自分のお金ではもったいなくて無理！どなたかよろしくお願いします。

（次回は8月更新予定です）