TOP / 首都高パラレルワールド / VOL02.『ロールパンと黄色の車』~首都高の下で~

Column

首都高パラレルワールド

ジャルジャル福徳さんが贈るショートショート

『ロールパンと黄色の車』
~首都高の下で~

「カレー食べたい」
 助手席に声をかけたが返事はない。
それは当然。
 話し相手は大きな透明の袋に入った大量のロールパン。
 車を購入してから、月に2回、幕張にあるコストコに行く習慣ができた。
 目当ては手のひらサイズのロールパン36個入り。それのみ。
 全てを冷凍し、毎朝解凍、36個をおよそ2週間で食べきる。
単価が安いロールパンは、自宅がある三軒茶屋から湾岸習志野の往復料金の方が高くつくが、ドライブを楽しめるから、よしとしている。
結婚を考えていた彼女に振られたのが去年のこと。こっそり貯めていた結婚資金は、そのまま車と化した。

 

自分と同い年の1990年製の国産車。
 水色の外装、効かないエアコン、三角窓。全てが愛しい。
 窓を全開にして走れば、車内は荒くれ者の扇風機が設置されているようで、8月の夕方の暑さも何のその。
しかし渋滞にはまると、車内は不健全なサウナ。
高樹町出口を過ぎる。
 ここで毎度、強いられる選択がある。
 それは、次の渋谷出口を降りて時間をかけて自宅に帰るか、首都高のまま三軒茶屋出口か。
 2択。
 日曜日の夕方、渋谷と三軒茶屋の間の大橋ジャンクションからの合流で、完全停止することもある。
 迷いながら左車線を走り、近づく渋谷出口。
「あっ」
 とっさに声が出たのは、246号線の三宿交差点すぐの老舗カレー店を思い出したから。
 つぼに入ったぐつぐつした状態で運ばれてきたルーを、ターメリックライスにかけるところを想像するだけで、純度100%のよだれが溢れ出てくる。
 迷わず、渋谷出口を降りた。
 すでに胃袋はカレーを待っている。
 しかし、日曜日の夕方、246号線も混んでいる。
 これなら三軒茶屋出口を降りて、Uターンして、三宿に向かった方が早かったのかもしれない。
 全開にした車内に入り込んでくる排気ガスと熱気。
 真上には首都高がある。
 もし首都高をそのまま走っていたら今ごろどこにいたのだろうかと、首都高の底を見上げた。
 もしかするとこれは、〈首都高の底〉ではなく、〈首都高の裏側〉と言うべきなのかと、不毛な考えを巡らせて、暑さをしのいだ。

 

ノロノロとようやく三宿交差点にたどり着き、右折して、近くのコインパーキングに車を止めた。
 運転席から三角窓を含めた全ての窓を手動で閉める。
 猛暑に匹敵する8月の夕方の気温で、閉めきられた車内の温度は一瞬で上昇する。
 そこへ、大きなエンジン音を立てて、黄色の車が入ってきた。
 空冷エンジンのドイツ車。
 コインパーキングの残り一枠である、僕の車の右隣に駐車しようとしている様子。
 この状況では、車から降りようにも降りられないから、待つことにした。相手もこちらが車内にいるとは思っていないだろう。  黄色い車を運転しているのは女性。
 全開にした窓から顔を出しながら、車を後退させている。
 長い髪の毛が車体の黄色に被さり、より艶やかな黒に見えた。
 タイヤがステップを踏むと、コインパーキング入口の表示が〈空〉から〈満〉に変わった。大してレアではない瞬間を目撃し、少しのラッキーを味わった。
 スムーズに駐車を終えた彼女はエンジンを切り、手動で全ての窓を閉めている。
 三角窓に手をかけた彼女は、車内にいる僕に気が付き、小さく驚いたように見えた。
 左ハンドルの彼女と右ハンドルの僕が横並びになると、映画館のシートに並んで座っているような感覚になった。
 彼女は、先にどうぞという仕草で、僕に車から降りるようにうながしてくれた。
 ドアがぶつからないように慎重に出て、鍵をかけて、車の前に立った。
 水色の車と黄色い車が並んで、アメリカの派手なグミにも、青空に輝く満月にも見えて、不思議な色合いだった。
「すみません、車内にいたんですね。気づかなかった、ごめんなさい。それにしても可愛い車ですね」
 車から出てきた彼女が言った。
「そちらこそ可愛い車。何年製ですか?」
「1978年。私の12歳上です。だから干支は同じ」
「同じです!」
 自分を指さしながら言った。
「42歳? 見えない」
「いや、30歳」
「そっちか。ねぇ、助手席のそれはなんですか?」
 わんぱくな笑みで彼女は僕の車の助手席を指さした。
「36個のロールパン」
 即答すると、彼女は口を閉じたまま「ふふっ」と、鼻から息を出して笑った。
 1人で2週間で食べきるロールパン。
 今後、毎朝彼女と一緒に食べると1週間でなくなるなと、たったひとコマの妄想を楽しんだ。
「どこか行くんですか?」
 暑そうな彼女が髪をかき上げながら聞いてきた。
「カレー屋へ」
「え、私も! もしかして三宿交差点のすぐの」
「はい! すごい偶然。よかったら一緒にどうですか? 車の話でもしながら」
「あのー……」
 少しだけしかめっ面になった彼女の白いTシャツが眩しくて、僕もしかめっ面になったような気がした。
 少し強引に接近し過ぎたかもと反省しながら、彼女の声に耳を傾けた。
「いいんですけど……こんなに暑かったら、ロールパン車内に放置できないですよ。たぶん、だめになりますよ」
「あっ、ほんとだ」
 僕はすぐに助手席の鍵を開けて、大きな透明の袋に入った大量のロールパンを出した。
「コストコのやつですね」
「ロールパン36個を手に持っている男になりますが、それでも一緒にカレー屋に行ってくれますか?」
 彼女が口元に手を当ててうなずきながら言った。
「はい。ロールパン、椅子に座らせましょうよ。当然の顔で」
「いいですね」
 僕と彼女の間に36個のロールパンをたずさえて、カレー屋に向かった。
 満腹になった帰り道は、外側にロールパンを持ってやる。
 

PROFILE

ジャルジャル
福徳秀介

1983年兵庫県⽣まれ。2003年、⾼校時代ラグビー部の仲間だった後藤淳平とお笑いコンビ「ジャルジャル」を結成。キングオブコント2020優勝。愛⾞はフォルクスワーゲン タイプ2。

1983年兵庫県⽣まれ。2003年、⾼校時代ラグビー部の仲間だった後藤淳平とお笑いコンビ「ジャルジャル」を結成。キングオブコント2020優勝。愛⾞はフォルクスワーゲン タイプ2。

アナザーストーリーは「⾸都⾼じゃらん」をご覧ください!

アナザーストーリーは「⾸都⾼じゃらん」をご覧ください!

配布先

首都高PAのほか、海ほたるなど関東近郊のPAや道の駅、都内駐車場などで配布しております。

※その他、東京近郊の商業施設や⾃治体に設置中

バックナンバー

一覧を見る