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Column

首都高パラレルワールド

ジャルジャル福徳さんが贈るショートショート

『ロサンゼルスの代わりにお台場へ』
~レインボーブリッジ編~

 気だるい⽇曜の朝、〈ヂャヤゼルス〉のカーテンを開けた。

 昨⽇、朱菜しゅなが出て⾏った。
 明確な原因があったわけでもなく、些細なことが積もり積もって、朱菜は「もうヂャヤゼルスから出ていく」と⾔った。
 およそ⼀年前、朱菜と交際が始まるとすぐに、世⽥⾕通り沿いの三軒茶屋のマンションで同棲を始めた。
 朱菜はふざけてこの部屋を、〈三軒茶屋〉と〈ロサンゼルス〉を掛け合わせて〈ヂャヤゼルス〉と名付けた。
 いつしかそれが当然のこととなり、⼆⼈でタクシーに乗ったとき、運転⼿さんに「ヂャヤゼルスまで」と⾔ってしまったこともあった。

 〈ヂャヤゼルス〉の窓から⾒える景⾊は、アメリカ⻄海岸のロサンゼルスとはほど遠く、向かいのマンションが⾒えるだけだった。
「海でも⾒に⾏くか。お台場かな」
 ⾃分の⼀⼈⾔に背中を押され、家を⾶び出した。
 ローンで購⼊した91年の国産の愛⾞は、今⽇も余計な⾳を⽴てて⼼地いい⾛り。

 カーラジオから聞き慣れた⼥性DJの声。朱菜が好きだったAMラジオ番組。
 ⽇曜⽇の朝は決まってこの番組が〈ヂャヤゼルス〉に流れていた。
「悩み相談が痛快で、いつも秀逸なんだよね」
 朱菜はいつも、濁さずハッキリと答える⼥性DJに感⼼していた。
 三軒茶屋交差点を越え、⾸都⾼速の三軒茶屋⼊⼝へ。
「ラジオネーム〈チョコ好き⼥〉さんからのお悩みです。……5万円もするスニーカーを買うか迷っています。スニーカーなの
に5万円。どう思いますか? ……これってさ、背中押して欲しいだけなんでしょ? はいはい、わかりましたよ、背中押します
よ。買っちゃえ! 私に『買っちゃえ!』って⾔われたことを、⾔い訳にして、無駄遣いしちゃいな! はいはい、私のせいです
よ!」
 ⼥性DJの気持ちいい回答に思わず笑ってしまった。
 三軒茶屋⼊⼝の料⾦所をくぐる。
 3号渋⾕線にスムーズに合流し、池尻出⼝を通りすぎると、すぐに⼤橋ジャンクションが現れる。

 お台場へは、2通りの⾏き⽅がある。
 このまま渋⾕線で、レインボーブリッジの空と海が⾒渡せるルートからの台場出⼝。
 または、⼤橋ジャンクションで⼭⼿トンネル、湾岸線のルートからの臨海副都⼼出⼝。
 距離、時間はほぼ変わらない。
 ⼀瞬の判断に迫られ、⾃分の⼼情に合った⿊いトンネルを避けて、空に覆われた渋⾕線を選んだ。
「さぁ続いてのメール。ラジオネーム〈ヂャヤゼルス〉さんからのお悩みです」
「え!?」
 声が漏れた。
 間違いなく朱菜だ。
 聴覚に全ての意識を使いたいが、視覚にも意識を分け与えながら、左⾞線を慎重に⾛った。
「1年付き合っている彼と同棲しているのですが、昨⽇、私が出ていきました。具体的な原因はなく、お互い⼩さなストレスがたまっていただけだと思います。私はどうしたらいいですか?……ふーん。なるほどね。これってさ、もう答え出ているよね。
注⽬して欲しいのはこの⽂章の語尾なんだよね。『1年付き合っている』の『いる』、『同棲している』の『いる』、これ両⽅、現在進⾏形。別れたなら過去形になっていたはず。要は、ヂャヤゼルスさんは無意識だと思うんだけど、彼への気持ちが現在も進⾏しているっていう証拠なんだよね。あともうひとつ。『ストレスがたまっていただけ』の部分。『だけ』って⾔っちゃってるじゃん! 原因は、それだけ、のこと! ⾃分でわかってるじゃん。考えすぎだよ。変なトンネルに⼊っちゃって、思考がぐるぐるまわっているだけ。何より、ヂャヤゼルスさんがこのメールを送ってきている時点で、まだ彼と仲良くしたいってことでしょ? 私に背中押して欲しいだけなんでしょ? またこのパターン? はいはい、わかりましたよ! ヂャヤゼルスさん!
彼と同棲していた家に今すぐ⾏きなさい! 彼に会ってきなさい。どうせ⽇曜⽇だし暇なんでしょ? 彼もきっと家で泣いてるよ。あ、もし家にいなかったら、もう違う⼥の⼦とデートしてるかもよ! ほら、急いで! あ、最後に、これだけ⾔わせて。……⾵の⾳って⼼地いいでしょ? あのね、⾵の⾳が聞こえるのは⽊々があるからなんだよね。つまり、2⼈でいるからぶつかる⾳が聞こえるんだよ。その⾳を⼼地いいと思える⽇が来ると素敵な⼆⼈になれると思うな。早くトンネルから抜け出せ!……じゃ続いてのメール」
 ⾃分に⾔われているわけでもないのに、⼤きくうなずいた。
 ⾕町ジャンクションを越え、ちょうど左に東京タワーが⾒えた。
 ⾞の窓を全開にすると、⼤きな⾳を⽴てて、⾵が⼊り込んできた。
 この⾳は⼀体なんだろう。
 ⾵の⾳? ⾞の⾳?
 決して⼼地いい⾳ではない。
 でも、顔に当たる⾵はとてつもなく⼼地よかった。
 一ノ橋ジャンクション、浜崎橋ジャンクションを通り過ぎると、海と空とレインボーブリッジが⽬の前に開けた。

※このストーリーはフィクションです。

「首都高じゃらん」に掲載していたアナザーストーリーはこちら!

『ロサンゼルスの代わりにお台場へ』~山手トンネル編~

 

気だるい日曜の朝、〈ヂャヤゼルス〉のカーテンを開けた。

 

朱菜が出た行った。
 些細なことが積もり積もって、朱菜は「ヂャヤゼルスから出ていく」と言った。
 交際が始まってすぐに、世田谷通り沿いの三軒茶屋のマンションで同棲を始めた僕ら。
 ふざけて朱菜は、この部屋を〈三軒茶屋〉と〈ロサンゼルス〉を合わせて〈ヂャヤゼルス〉と名付けた。
 いつしかそれが当然のこととなり、タクシーに乗ったとき、運転手さんに「ヂャヤゼルスまで」と言ってしまったこともあった。

 〈ヂャヤゼルス〉からの景色は、アメリカ西海岸のロサンゼルスとはまるで違い、向かいのマンションが見えるだけ。
僕は唐突に海が恋しくなり、お台場を目指して、家を飛び出した。
 ローンで購入した91年の国産の愛車は、余計な音を立てて走り出す。
 カーラジオから聞き慣れた女性DJの声。朱菜が好きだったAMラジオ番組。
 日曜日の朝は決まってこの番組が〈ヂャヤゼルス〉に流れていた。
 世田谷通りから、首都高速の三軒茶屋入口へ。
「ラジオネーム〈チョコ好き女〉さんからのお悩みです。……5万円もするスニーカーを買うか迷っています。スニーカーなのに5万円。どう思いますか? ……これってさ、背中押して欲しいだけなんでしょ? はいはい、わかりましたよ、背中押しますよ。買っちゃえ!
私に『買っちゃえ!』って言われたことを、言い訳にして、無駄遣いしちゃいな! はいはい、私のせいですよ!」
 女性DJの清々しい回答に思わず笑ってしまった。
 三軒茶屋入口の料金所をくぐり、3号渋谷線に合流。池尻出口を通りすぎると、すぐに大橋ジャンクションが現れる。
 お台場へは、2通りの行き方がある。
 このまま渋谷線で、レインボーブリッジの空と海が見渡せるルート。
 または、大橋ジャンクションで湾岸線、山手トンネルのルート。
 距離、時間はほぼ変わらない。
 一瞬の判断に迫られ、自分の心情に合った黒いトンネルに吸い込まれた。
「さぁ続いてのメール。ラジオネーム〈ヂャヤゼルス〉さんからのお悩みです」
「え!?」
 思わずブレーキを踏みそうになる気持ちを抑えて、大橋ジャンクションをぐるぐると回る。
 聴覚に全ての意識を使いたいが、視覚にも意識を分け与えながら、湾岸線に入った。
「1年付き合っている彼と同棲しているのですが、昨日、私が出ていきました…………」
 黒いトンネルは電波を妨害し、女性DJの声を途切れさせた。
 山手トンネルに合流したころには、カーラジオから、ノイズ音だけが流れていた。
 自分の舌打ちの音が車内に響く。
 もう引き返せない。
 もう止まれない。

 

ただ車を走らせるしかなかった。
トンネル内は、タイムマシーンで時空を抜けるような黒い道。でも過去にも未来にも繋がらない。
地上と全てを遮断しているトンネル。それでもカーラジオは、微弱なAM電波を頼りに、女性DJの声をわずかに拾う。
「…………つかる…………………………はやくトンネルから抜け出せ!……」
 偶然聞こえた言葉。自分に言われているわけでもないのに、大きくうなずいてしまった。
 そして、ハンドルを左に切り、五反田出口からトンネルを抜け出した。
 ラジオが正常に戻ると、女性DJは次のメールを読んでいた。
 五反田出口すぐの信号機は、青。
 アクセルを踏み込むと、自然光が目の前に開けた。

PROFILE

ジャルジャル
福徳秀介

1983年兵庫県⽣まれ。2003年、⾼校時代ラグビー部の仲間だった後藤淳平とお笑いコンビ「ジャルジャル」を結成。キングオブコント2020優勝。愛⾞はフォルクスワーゲン タイプ2。

1983年兵庫県⽣まれ。2003年、⾼校時代ラグビー部の仲間だった後藤淳平とお笑いコンビ「ジャルジャル」を結成。キングオブコント2020優勝。愛⾞はフォルクスワーゲン タイプ2。

アナザーストーリーは「⾸都⾼じゃらん」をご覧ください!

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配布先

首都高PAのほか、海ほたるなど関東近郊のPAや道の駅、都内駐車場などで配布しております。

※その他、東京近郊の商業施設や⾃治体に設置中