バイク川崎バイクのショートショート あの日、首都高が見える街で

私たちが⽇々⽬にする景⾊に溶け込んでいる、東京の象徴とも⾔える⾸都⾼。
そんな⾸都⾼のある⾵景の中で暮らす⼈々のドラマを描いた超短編⼩説。

首都高のある風景

高速都心環状線
芝公園付近(東京都港区)

増上寺やホテルを有し、訪日外国人も多く足を運ぶ芝公園エリア。芝公園のすぐ近くを走る都心環状線は、東京タワーを横目に見ながら首都高らしい風景を堪能できる人気の路線です。

第 4 話『◯◯の仕方』

「だからさ、この畳み方はしわになるからイヤって言ったじゃん」
「いや、そんなにならんって」
「なるから言ってるんだって」
「細かいなあ」

同棲を始めたばかりのとある男女が“服の畳み方”で小さな言い合いをしていた。
それは点で見れば確かに小さな喧嘩だが、間違いなくなんらかの線となり積み重なっていく。

また別の日。

「ちょっと。食べるときに膝たてないでよ」
「別にええやろ。親みたいなこと言うなよ」
「そんな言い方しないでよ」
「そっちこそたまにクチャクチャしてるけどな」

今度は“ご飯の食べ方”で言い合いが始まった。
同棲をする前は、互いがいいところを見せようと気を使って見せていなかった部分が、徐々にあらわになっていく。

また別の日。

「てか真っ暗だと怖くて寝れないってなんで?」
「しゃあないやん、ずっとそうやってんから」
「いや、目閉じたら真っ暗と同じじゃん」
「うっすら部屋明るくないとイヤやねんて」

次は“夜の寝方”が合わず、ささいな口論を始めた二人。
いくら恋人同士とはいえ、価値観の相違などは往々にしてあるもの。そこは擦り合わせていくしかない。
相手のいいところしか見えなかった頃はとうに過ぎ去り、今は相手と合わないところもいかに受け入れることができるかの段階に差し掛かっていた。

また別の日。
「ドアもうちょっと静かに閉められへん?」
「気にしすぎじゃない?」
“ドアの閉め方”が合わない。

また別の日。
「ちょ喋らないで。やめて」
「家では自由に感想言いながら見たいねん」
“映画の見方”が合わない。

そして───また別の日。

二人は、同棲している自宅の最寄り駅から30分ほどの、東京タワーが横目に見える芝公園に来ていた。
三年前、互いに地方から上京して飲み会で出会った二人。最初はとにかく気が合った。こんなに気の合う他人と出会えた東京に感謝した。なにかを求めて上京した自分でかした、とさえ思った。ささいな喧嘩はあれど、日々楽しくて楽しくて仕方がなかった。

それが現在はというと。

「だーいぶ前にさ、旅行でバス乗ったとき、あ、あれや、都心環状線から東京タワーを初めて見たんよ。めっちゃテンションあがったな〜」
「東京タワーね〜。なんでいつ見ても『あ、東京タワーだ』って思うんだろうね」
「まあ田舎もんやからちゃう?」
「そっちもでしょ?」

またもや言い合ってしまう二人。久々のデートだというのに。

「いやいや、俺は東京タワー見てもそんなになんも思わへんから」
「見すぎたからじゃない?」

“東京タワーの見方”も合わない二人。

「そんな見てへんし」
「何回目くらい?」
「8000回目くらい」
「見すぎてる見すぎてる。あはははっ」

よかった。

上京したこの男女にとっての東京タワーはやはり特別なもので、“仲直りの仕方”だけは合っていたようだ。

いや。
そもそもこの二人は、初めからずっと───。

「だからさ、この畳み方はしわになるからイヤって言ったじゃん」
「いやそんなにならんて」
「なるから言ってるんだって」
「細かいなあ。わかった。この畳み方間違えた服は捨てるわ」
「そこまでしなくていいけど」
「ゴミ袋にちゃんと入るようにこうやって畳むわ」
「いや、捨てる服すごくキレイに畳まないで!あははっ!」

「ちょっと。食べるときに膝たてないでよ」
「別にええやろ。親みたいなこと言うなよ」
「そんな言い方しないでよ」
「そっちこそたまにクチャクチャしてるけどな」
「……説立証ならずかー」
「え?」
「クチャクチャ食べてる彼女は注意しにくい説を試してたの」
「なんやその説!うそつけ!クチャラーが!はははっ!」

「てか真っ暗だと怖くて寝れないってなんで?」
「しゃあないやん、ずっとそうやってんから」
「いや、目閉じたら真っ暗と同じじゃん」
「うっすら部屋明るくないとイヤやねんて。うーんしゃあないなあ。……ちょ腕枕やめるわな」
「ん?」
「で……この腕をお前の目の上に置けば……これで真っ暗やろ?」
「暗いけど重いし寝にくい!なにこれ!あははっ!やめてよもう〜 」

「ドアもうちょっと静かに閉められへん?」
「気にしすぎじゃない?」
「バーン!!」
「うるさ!なに?!」
「気にしすぎじゃない?」
「気にするでしょ!あははっ!」

「ちょ喋らないで。やめて」
「家では自由に感想言いながら見たいねん」
「映画のときはやめて」
「なんで?」
「あなたの予想が割と当たるからネタバレくらってるみたいでイヤなのよ。楽しみにしてた映画が台無し。いっつも当てるじゃん。天才すぎるのよ」
「なんか最後褒められた。はははっ!」

この二人にとって、価値観の相違など大したことではなかったのだろう。しょせんは他人。合うことのほうが少ない。

これからももっと激しい口論をすることもあるだろうが、相手を嫌う理由にはなり得ない。そのつど認めあい、むしろそれを楽しむ。
それが“人の愛し方”、なのかもしれない。

【完】

この物語はフィクションです。

バイク川崎バイク(BKB)

ピン芸⼈。1979年12⽉17⽇⽣まれ、兵庫県出⾝。2014年、『R-1ぐらんぷり2014』決勝進出。ショートショート作家としても活躍。“すぐ読めて、もう⼀度読み返したくなる” BKBのショートショート(超短編⼩説)として作品投稿サイト「note」で⼤反響を呼び書籍化が実現。

次回のショートショートは6⽉1⽇更新予定です