TOP / 首都高パラレルワールド / VOL03.『首都高で急ぐフリして遠回り』~遠回り編~

Column

首都高パラレルワールド

ジャルジャル福徳さんが贈るショートショート

『首都高で急ぐフリして遠回り』
~遠回り編~

初めて話したとき、履歴書の見せ合いのような会話にならなかった──
そんな印象があった会社の同期の小竹さんと、二子玉川駅の改札を出たところでばったり会った。
「小竹さん、二子玉川に住んでるの?」
「ううん、高井戸。中松くんは?」
「遠いね。僕、二子玉川なんだ」
「いいね。私は仕事帰りに寄り道。服とか見ようかなって」
「夕食、一緒に食べてみたりする?」
変な言い回しで誘ってしまったことが恥ずかしかった。また、29才にして初めて異性を自然に誘えた自分にも照れていた。
「行ってみたりしよっか」
少し笑いながら言った小竹さん。

入社してすぐの頃は同期会で関わりはあったが、部署が違ったこともあり、話すことはほとんどなかった。会社のエレベーターで出くわす程度。
僕は、デパートの一階の片隅にある、オススメの老舗ハンバーグ屋に小竹さんを誘った。
アルミホイルに湯気とともに包まれた熱々のデミグラスソースハンバーグと、丸ごとのトマトサラダを堪能。その後、少しの勇気を出して、本屋と合体した大きなカフェに誘った。

「こんな私と、仕事終わりにご飯だなんてごめんね」
「こんな私は場違いだわ。このカフェ、オシャレすぎ」
「私の話、つまんないでしょ?」

知らなかった。小竹さんがこんなにも自分に自信がないことを。
悲しくなった。
そして、気の利いた返事ができない自分に苛立った。
悲しみと苛立ちが混ざり合い体が熱くなった。
それをぬくもりに変えて、小竹さんを温めたかった。冗談抜きでそう思った。
「高井戸までは電車だと50分くらい? 遅くなったし、車で送るよ」
「こんな私なんか、電車で帰るよ」
僕は登録しているカーシェアリングで、空車をすぐ近くに見つけ、「もう予約したし」と半ば強引に話を進めた。
車に乗り込むと、狭い空間が、2人っきり、ということを強調させた。
二子玉川から、環八通りに出て直進すれば、高井戸に着く。
夜9時半、環八通りはすいていた。20分もかからないかもしれない。
もっと時間が欲しかった。もっと一緒にいたかった。だから首都高用賀入口に向けて、環八通りを右折した。
「首都高使うの?」
「うん。こっちが早いから」
嘘をついた。
用賀入口、渋谷線、大橋ジャンクションから中央環状線、新宿線、高井戸出口。
急いでいるように見えて、遠回り。直線で行けるところを、ぐるっと大回り。25分はかかるだろう。
5分の延長に成功。
料金所をくぐり、渋谷線に合流する手前で小竹さんが口を開いた。
「こんな私のためにありがとう」
返事に困っていると、右車線を高級車が走り抜けた。それにつられて、少しだけ強気な声が出た。
「小竹さん、『こんな私』とか言わないでよ。今日、何回も言ってるよ。自分のことをもっと好きになってよ」
「自分のことなんか好きになれないよ」
即答され、怖じ気づいてしまった。
返事ができない。

車内には沈黙が流れ、視界の左右には、ビルやマンションの上部だけが次から次へと流れていた。
小竹さんにぬくもりを与えられる隙はない。そもそも僕にそんな技量はなかった。
このまま渋谷線を走り続ければ、さらに遠回りできる。谷町ジャンクション、三宅ジャンクション、赤坂トンネルから新宿線に行けば、さらに10分の遠回りになる。
しかしこの沈黙から逃げるように、予定通り大橋ジャンクションから中央環状線の方に進んだ。
僕は黙ったままだった。
小竹さんも黙ったまま。もしかすると僕の返事を待っているのかもしれない。
濁ったムードが車内に充満したまま、新宿線に合流し幡ヶ谷を越え、あっという間に、高井戸出口の1つ手前、永福を越えてしまった。
視界の左右には再び、ビルやマンションの上部だけが次から次へと流れる。
僕は全部の窓を全開にして、車内の空気を外に追い出した。
大きく乱れた小竹さんの髪。
高井戸出口まで600m、を知らせる標識を越えると、緩やかに右カーブ。途端に、左右の建物が低くなり、景色が抜け、目の前には夜空だけが広がっていた。

目の前に夜空が見えることが不思議だった。空中を走っている感覚にもなった。
窓を全て閉めて、考え抜いた言葉で、ようやく返事をした。
「僕は小竹さんが好きです。でも半分しか好きではありません」
小竹さんがこちらを見た。僕は真っ直ぐに前を向きながら続けた。
「残りの半分は、小竹さんが自分で自分を好きになってください。僕と小竹さんで、小竹さんの全てを好きになりましょう」
「……バカみたいに優しい人だね」
「僕たちが初めて話したときのこと覚えてる?」
「なんだっけ?」
「入社式が始まる直前、僕が慣れない革靴に靴ずれをして、隣の小竹さんが絆創膏をくれて、かかとに貼った後に、絆創膏のゴミを小竹さんが受け取ろうとするから、『いやいや……』って断ったら、『じゃ、半分。絆創膏のゴミって、分けっこしやすいよ』って。……バカみたいに優しい人だなって思った。お返しじゃないけど、あのときみたいに、小竹さんを半分っこしよ」
「あ! あれ、中松くんだったの!? 7年たって、ずいぶん、クサい人になったね。窓開けていい?」
「え? 本当にクサいの?」
僕らの笑い声はウインカーのカチカチ音をかき消した。
僕は高井戸出口へ、ハンドルを回した。

「首都高じゃらん」に掲載していたアナザーストーリーはこちら!

『二子玉川から高井戸』~もっと遠回り編~

「首都高使うの?」
「うん。こっちが早いから」
いいえ。こっちが遅い。

仕事帰り、約束の二子玉川駅に着くと、恋人から〈行けない〉という素っ気ないメッセージが1通。その瞬間、今日の私の誕生日の予定がなくなった。
何かと理由をつけられて、5ヶ月会っていない。
改札口でぽかんとしていると、「小竹さん!」と呼ばれた。
会社の同期の中松くん。
入社して7年。部署が違い、話すことはほとんどなかった。それにもかかわらず、少し話したところで中松くんは「夕食、一緒に食べてみたりする?」と変な言い回しで誘ってきた。
私は「行ってみたりしよっか」と返事をし、そのまま食事に行き、その後、オシャレすぎるカフェにも行った。
帰り、中松くんは「車で送るよ」と半ば強引に、カーシェアで車を借りてくれた。
二子玉川を出発し、私の自宅がある高井戸まで。
ルートは環八通りを直進、と思いきや、中松くんは突然、環八通りを右折して用賀入口から首都高に入ったのだ。
「首都高使うの?」
「うん。こっちが早いから」
いいえ。こっちが遅い。
大橋ジャンクションから中央環状線のつもりだろうが、明らかに遠回り。
でも私は、道に詳しくないフリをして感謝を伝えた。
「こんな私のためにありがとう」
渋谷線に合流すると、中松くんが言った。
「小竹さん、『こんな私』とか言わないでよ。今日、何回も言ってるよ。自分のことをもっと好きになってよ」
誕生日、恋人に相手にされていない私。
ついつい食事中にも「こんな私と、仕事終わりにご飯だなんてごめんね」と、オシャレすぎるカフェでは「こんな私は場違い」と言った。
「自分のことなんか好きになれないよ」

本心は、強い口調で出てしまった。
流れる沈黙。流れる景色。
まもなく大橋ジャンクション。
何も言わない中松くんは、右車線を確認しながら、大橋ジャンクションのトンネルに入ろうとした──が、そのまま渋谷線を直進した。
これでは赤坂トンネル経由になり、さらに遠回りになる。もしかすると中松くんは首都高をざっくりとしか知らないのかもしれない。
渋谷のビル群がキラキラしている。
すぐに六本木のビル群も見え始めた。首都高に乗ると感じる渋谷と六本木の隣接感。
そこでようやく中松くんが口を開いた。
「僕は小竹さんが好きなのです。でも半分だけが好きなのです」
「え?」
「残りの半分は、小竹さんが自分で自分を好きになってください。2人で小竹さんの全てを好きになりましょう」
「……ねぇ知ってた? 遠回りになってるよ」
「あ……バレてたか」
「え、わざと?」
「うん。少しでも一緒にいたくて」
中松くんが恥ずかしそうに笑った。
「じゃ、もっと遠回りして」
私の誕生日が終わるころ、どこか知らない小さなパーキングエリアで、中松くんと夜空を見上げてやる。そして、「実は誕生日だったんだ」とわんぱくに言ってやる。

PROFILE

ジャルジャル
福徳秀介

1983年兵庫県⽣まれ。2003年、⾼校時代ラグビー部の仲間だった後藤淳平とお笑いコンビ「ジャルジャル」を結成。キングオブコント2020優勝。愛⾞はフォルクスワーゲン タイプ2。

1983年兵庫県⽣まれ。2003年、⾼校時代ラグビー部の仲間だった後藤淳平とお笑いコンビ「ジャルジャル」を結成。キングオブコント2020優勝。愛⾞はフォルクスワーゲン タイプ2。

アナザーストーリーは「⾸都⾼じゃらん」をご覧ください!

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首都高PAのほか、海ほたるなど関東近郊のPAや道の駅、都内駐車場などで配布しております。

※その他、東京近郊の商業施設や⾃治体に設置中

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