RENEWAL

首都高リニューアルプロジェクト
羽田線(東品川・鮫洲)更新

PROJECT
STORY

プロジェクトストーリー

暮らしと経済を支えて半世紀
 そして、次の時代へ 

PROJECT STORY

THE BIRTH OF SHUTOKO

首都高と東品川桟橋・鮫洲埋立部の生い立ち

我が国では、1950年代からモータリゼーションが急速に進展する一方で道路整備が遅れ、東京都心部では慢性的な交通渋滞が問題に。この渋滞の緩和を目指し首都高速道路の建設が始められ、1962年12月に京橋から芝浦までの4.5kmの首都高が誕生しました。

羽田線の東品川桟橋・鮫洲埋立部は、家屋の密集地を避けるため、公共空間である京浜運河内にて急ピッチで工事が進められ、東京オリンピック前の1963年12月に開通しました。

1964年10月の東京オリンピックまでには約33kmの首都高が開通。羽田空港から東京都心部へのアクセス向上など、大きな社会的要請に応えました。

AGING OF
OVERUSED SHUTOKO

過酷に使われ高齢化の進む首都高

交通量が増えるにつれ、都心環状線から郊外へ向かう渋谷線などの放射路線の整備、東名高速道路などの都市間高速道路との接続、山手トンネルに代表される中央環状線などのネットワーク整備が進められ、首都高の総延長は約327km、一日あたりの交通量は約100万台になりました。(2020年3月時点)

既に開発された都市内に、道路や河川などの公共空間を利用して建設された首都高。そのほとんどが高架橋やトンネルなどで構成されています。安全・安心そして円滑な道路交通を提供するため、これらの構造物には、きめ細やかな点検と補修を日夜行っています。

首都圏の物流を支える首都高は、構造物に負担となる大型車の交通量が他の道路に比べて非常に多く、過酷に使われている状況です。そして開通以来50年以上が経過し高齢化が進んだこともあり、これまでの点検と補修では対応が困難な箇所が浮き彫りになってきました。

THE ACTIVATION OF
SHUTOKO
RENEWAL PROJECT

首都高リニューアルプロジェクトの始動

首都高の過酷な使用状況と構造物の高齢化を背景に道路構造物を長期にわたり健全に保ち、ご利用のお客様に安全・安心な道路を提供し続けるために、橋梁の架け替えや床板の取り替えなどの「大規模更新」と、構造物全体を補修する「大規模修繕」の検討が、技術的・経済的見地から進められました。

検討の結果、2013年1月に首都高の大規模更新と大規模修繕に関する有識者の提言がなされ、提言に基づき2014年6月に東品川桟橋・鮫洲埋立部更新事業を含む首都高の大規模更新と大規模修繕の計画を策定。首都高リニューアルプロジェクトが始動しました。

FOR THE FUTURE

生まれ変わる東品川桟橋・鮫洲埋立部

首都高リニューアルプロジェクトの第一弾として、2016年2月から羽田線(東品川・鮫洲)更新工事を進めています。

1964年の東京オリンピック直前に開通した東品川桟橋・鮫洲埋立部。開通以来50年以上にわたる過酷な使用や、海水による激しい腐食環境から重大な損傷が多数発生していた約1.9kmの道路構造物を、長期的な安全を確保するために、耐久性と維持管理性に優れた構造に造り替えています。

工事による長期通行止めにより、お客様の通行を妨げて首都圏の生活や物流と経済に影響を与えないよう、う回路を設置し1日約7万台の交通を確保しながら2028年度の完成を目指して工事を進めています。

首都高が100年先の未来においても、国際都市東京の重要かつレジリエンスの高い道路網として、安全を基礎に安心なものであり続けるため、首都高リニューアルプロジェクトの挑戦は続きます。