Volume 3
かつて関係なかった風景

 青春期に埼玉の南東部に住んでいた僕は自転車に乗るのが趣味で、よく川沿いに都内へ出ていた。堤防にサイクリングロードがある場合が多いからだ。自転車乗りにとって、サイクリングロードは高速道路だ。

 最もよく通っていたのは自宅から接続しやすい江戸川で、東京と埼玉の県境あたりまで行って帰るトレーニングを日常的にしていたし、河口に位置する葛西臨海公園まで走ったりした。釣りもしていたので、ハゼ釣りにも自転車で行った。

 中川から新中川にかけても、なぜか七月の期末試験が終わって数日以内にできるだけ南下し帰ってくるのが恒例行事のようになっていた。コースが途切れることが多く、気持ちよく走りたいときには不便だった。

 荒川は、江戸川の次によく訪れていた。堤防沿いのサイクリングロードをずっと走る感じではなく、国道四号線と六号線を利用し東京~埼玉間を行き来する途中で必ず荒川をまたぐため、ついでといった感じでサイクリングロードを走ったりした。

 その際に、いつもその大きさに、嘘くささを覚えていた建造物がある。荒川沿いにかかっている、首都高速中央環状線だ。川幅が広く長さも長大な荒川の片方の岸に沿いずっとコンクリートの橋脚と宙に浮いた道路が続いていて、現代の建造物ではないような荘厳さをかもし出していた。これほどまでに大規模の工事が、現代において可能なのか。まるで神殿のようにそこにあるたたずまいからして、人智のとどかぬなにか大いなる力で建てられたか、あるいは中国の万里の長城のように、労働力を湯水のように動員できる皇帝が長い年月をかけて完成させた建立物のようにも見える。

 自転車という、人力の移動手段に磨きをかけていた自分にとり、ガソリンとエンジンに頼った車などという乗り物は甘えであり、中央環状線も含めて、自分に関係のないどこか遠くの国の風景のようですらあった。

 月日は経ち、車を買った今の僕は、茨城方面へ行くときに、中央環状線を通っている。午前中に出発し都心の混んだ道から中央環状線に出ると、空のひらけた川沿いの道を気持ちよく運転できる。帰ってくる夕方頃にはジャンクションのあたりで、カーブと高低差のおりなす立体感ある夕暮れの風景が、美しく感じられる。

(次回は3月更新予定です)

PROFILE羽田 圭介(はだ けいすけ・作家)

1985(昭和60)年、東京都生まれ。明治大学商学部卒業。2003(平成15)年、『黒冷水』で文藝賞を受賞しデビュー。2015年、『スクラップ・アンド・ビルド』で芥川賞受賞。他の著書に、『成功者K』『ポルシェ太郎』などがある。

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