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Column

首都高パラレルワールド

ジャルジャル福徳さんが贈るショートショート

『パンとパン~東京タワーを見せる編~』

「サンドイッチって、パンとパンの遠距離恋愛だね」

 助手席にいるナミがサービスエリアで買った〈具だくさんサンドイッチ〉を見つめながら言った。
「え?」
「具材があるせいでパンとパンは離れ離れ。だからサンドイッチはパンとパンの遠距離恋愛」

 夜のせいか、サンドイッチ、の響きがやたらと可愛く聞こえる。
「すごくロマンチックな考え」
 静岡県にある巨大アウトレットモールの帰り道。僕が運転している車は首都高の渋谷線上りを走っている。ようやく東京に戻ってきたことを目で感じていた。
「具材がなかったらパンとパンは触れ合えるんだよ。でもただのパン2枚なの。そう思うと、遠距離恋愛の方が美味しいんだなって」
「もしかして、フランスで働けることになった?」
「うん」
 1年前から聞いていた、「どうせ無理だけど」とフランス駐在の希望を出したという話。
「海外で働きたい。特にフランスがいい」と、たびたび口にするナミ。彼女の思いを尊重したかった。しかし、単純な寂しさと〈ナミだけが成長する〉という妬みがあった。
「どうするの?」
「どうしたらいい?」

 付き合って2年。同い年の29歳。同棲はしていない。ともに豊洲で一人暮らし。企業は違うが、お互いメーカー業界勤務。
 実のところ、僕は今夜、ナミにプロポーズをしようとしていた。ナミと一生一緒にいたい!
 という甘い動機はありつつもどこかで、これでナミは「海外で働きたい」と言わなくなるのでは?という不純さがあった。
 返事ができずにハンドルを握る僕は、さらに不純なことを考えていた。
 このまま渋谷線を走れば谷町ジャンクションを過ぎたところで、東京タワーの横を走ることになる。きっとパリのエッフェル塔を連想する。ならば手前の大橋ジャンクションで山手トンネルに入って、東京タワーを見せずに豊洲に帰ろう、とたくらんだ。所要時間はほとんど変わらない。
 不純な僕の不純なたくらみは不潔だった。自分の不純さを受け入れることができても不潔さは受け入れることができなかった。〈不純〉と〈不潔〉の差はわからなかった。
 僕は渋谷線を直進した。
 正々堂々とナミに東京タワーを見せる覚悟をした。
 車内の沈黙は続いていた。
 谷町ジャンクションを過ぎると、案の定、東京タワーが姿を見せた。さらに一ノ橋ジャンクションを過ぎると、真横に東京タワーがそびえ立つ。
 いまだに一口も食べていないサンドイッチを持ったままのナミが、車内の沈黙を破った。

「東京タワーって大きいくせに、お上品だよね」
「エッフェル塔も大きいくせに上品だよな」
 僕は自ら、エッフェル塔、を口にした。
 それに対してナミは何も言わなかった。そして、サンドイッチのパンをめくって、ハムとレタスと厚焼き玉子と紫キャベツを手で取って食べ、具材をなくして、パンとパンのみにして、かじった。

「案外、パンとパンだけでも美味しい」
「マヨネーズとかついてるからだよ」
「そうだね」
「フランスで働きなよ」
「うん。ありがとう」
「待っとくよ」
「うん。待っててね、絶対ね」
「日本とパリか。大量のハムと大量のレタスと超ぶ厚いカツと超ぶ厚い厚焼き玉子とエビカツを挟んだくらいの〈超具だくさんサンドイッチ〉だな」
「そうだね。でも美味しそう」
「もはやハンバーガーだな」
「ハンバーガーもパンとパンの遠距離恋愛だね」
 僕とナミは、どれだけ大きなハンバーガーでも、一口で食べられるほど、大きく口を開けて笑った。

「首都高じゃらん」に掲載していたアナザーストーリーはこちら!

『パンとパン~東京タワーを見せない編~』

「サンドイッチって、パンとパンの遠距離恋愛だね」
助手席にいるナミがサービスエリアで買った〈具だくさんサンドイッチ〉を見つめながら言った。
「え?」
「具材があるせいでパンとパンは離れ離れ。だからサンドイッチはパンとパンの遠距離恋愛」
夜のせいか、サンドイッチ、の響きがやたらと可愛く聞こえる。
「すごくロマンチックな考え」
静岡県にある巨大アウトレットモールの帰り道。僕が運転している車は首都高渋谷線上りを走っている。
「具材がなかったらパンとパンは触れ合えるんだよ。でもただのパン2枚。そう思うと、遠距離恋愛の方が美味しいんだなって」
「もしかして、フランスで働けることになった?」
「うん」
1年前から聞いていた、「どうせ無理だけど」とフランス駐在の希望を出したという話。
ナミはたびたび「海外で働きたい。特にフランスがいい」と口にしていた。彼女の思いを尊重したかった。しかし、単純な寂しさと〈ナミだけが成長する〉という妬みがあった。

「どうするの?」
「どうしたらいい?」
聞き返された。
付き合って2年。同い年の29才。同棲はしていない。ともに豊洲で一人暮らし。企業は違うが、お互いメーカー業界勤務。
実のところ、僕は今夜、ナミにプロポーズをしようとしていた。ナミと一生一緒にいたい!という甘い動機はありつつどこかで、これでナミは「海外で働きたい」と言わなくなるのでは? という不純さがあった。
返事ができずにハンドルを握る僕は、さらに不純なことを考えていた。
このまま渋谷線を走れば谷町ジャンクションを過ぎたところで、東京タワーの横を走ることになる。きっとパリのエッフェル塔を連想する。ならば手前の大橋ジャンクションで山手トンネルに入って、東京タワーを見せずに豊洲に帰ろう、とたくらんだ。所要時間はほとんど変わらない。
僕は右ウインカーを光らせ、大橋ジャンクションに吸い込まれた。
大橋ジャンクションはぐるぐるとまわる奇妙な構造。

「私、大橋ジャンクションより頭の中ぐるぐる回転させて考えたよ。その結果、やっぱりフランスで働きたい」
「そっか」
「待っててくれる?」
「うん」
「ありがとう。美味しい具だくさんサンドイッチになろうね」
「うん。美味しい具だくさんサンド、ウィ、ッチになろう」
「サンド、ウィ、ッチ、って言わないで」
「……あっ」
湾岸線に向かって車線変更し忘れ、東北道に入ってしまった。
「あっ」
「埼玉の方に……」
「一応、フランス方面だね」
ナミのこの一言で、どんな困難も笑って乗り越えられる気がした。

PROFILE

ジャルジャル
福徳秀介

1983年兵庫県⽣まれ。2003年、⾼校時代ラグビー部の仲間だった後藤淳平とお笑いコンビ「ジャルジャル」を結成。キングオブコント2020優勝。愛⾞はフォルクスワーゲン タイプ2。

1983年兵庫県⽣まれ。2003年、⾼校時代ラグビー部の仲間だった後藤淳平とお笑いコンビ「ジャルジャル」を結成。キングオブコント2020優勝。愛⾞はフォルクスワーゲン タイプ2。

アナザーストーリーは「⾸都⾼じゃらん」をご覧ください!

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首都高PAのほか、海ほたるなど関東近郊のPAや道の駅、都内駐車場などで配布しております。

※その他、東京近郊の商業施設や⾃治体に設置中

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