バイク川崎バイクのショートショート あの日、首都高が見える街で

私たちが⽇々⽬にする景⾊に溶け込んでいる、東京の象徴とも⾔える⾸都⾼。
そんな⾸都⾼のある⾵景の中で暮らす⼈々のドラマを描いた超短編⼩説。

首都高のある風景

高速11号台場線
レインボーブリッジ付近
(東京都江東区豊洲側からの眺め)

豊洲には海を臨む公園が点在しており、今年30周年を迎えたレインボーブリッジと
高層ビル群という湾岸エリアならではの風景が楽しめる。

第 2 回 「Is time really equal?」

この世で最も平等なものは“時間”。
森羅万象のすべて、1分1秒、常に、時は一定に進み続ける。これは紛れもない真実であり、疑う余地もない真理だ。

だが──本当にそう?

公園のベンチに腰をかけた真由美はなぜか、ずいぶん昔に圭介がカッコつけながら語っていたうんちくを思い出そうとした。が、思い出せない。
まあいいか、とため息まじりにつぶやく真由美。

今年35歳になる真由美と、圭介は、同い年の夫婦。なかなか子宝には恵まれなかったが、3年前に娘の美羽を授かった。
共働きの2人は、ここ最近互いに仕事が忙しかったこともあり、家族3人でゆっくりと過ごせてはいなかった。
しかし美羽のためにもどこかで時間をつくろうとなり、今日は休みを合わせ、近所の豊洲ぐるり公園に来ていた。

「ワァァーーーーー!アハハハハハッ!」

叫びながら笑いながら、青々とした芝生を駆けまわる我が子はさながらドッグランの装いを見せている。
そんな光景を見て、ここまで広々とした場所には美羽をあまり連れてこれてはいなかったな、と真由美は少し申し訳なく思った。
美羽は時折、ピタリと止まっては足元や周りを眺めて、また走りだす。大人からすれば、なにがそんなに楽しいのかと羨ましくも感じる。

「ママァ!パパァァ!あれー!うみー!」

美羽が元気よく海、と言いはなったのは、レインボーブリッジを横目に流れる運河だ。小さな子供にはまだ、海も川も同じに見えるのだろう。
夜になると光り輝き、圧倒的存在感を放つ“虹の橋”ことレインボーブリッジも、昼間となると子供の目にはとまらないようだ。

苦笑しながら「それは川だよ美羽。海はもっと広くて地球のほとんどが海で…」と諭す圭介。ついでに川と海の違いを説明しているが、キョトンとした表情の美羽がどこまで理解できているのかはわからない。その光景を微笑みながら眺める真由美。

はたから見れば微笑ましい光景だろう。

だが、この家族の関係は決して平穏とは言えなかった。仕事や子育てのストレス、金銭面での現実問題、果ては日々の人間関係など、あらゆるネガティブが夫婦を包み込んでしまっていた。

昨夜の出来事──。

「だからさぁ、なんで真由美はいつもそんな感じなんだよ」
「そんな感じって…そっちが忙しいしか言わないから!」
「忙しいのは忙しいんだよ!こればっかりは理解できないだろうよ」
「話にならない!ほんっとに!そんなのこっちだって……」
「…ママ。パパ?……」
「……あ」
「……美羽?」
「………………う……うぇぇぇぇん……うええええぇぇぇぇぇえひっくうぇぇぇぇぇん……う、う、うぇぇぇぇぇぇぇん!」
「美羽……」
「美羽、ごめん……ごめんね美羽……」

──このように、夜になると口論が始まることもしばしば。美羽が起きて泣きだす。美羽をあやすために口論が終わる。問題はうやむやなまま。
近頃は、そんな時間が増えてしまっていた。

我が子に海と川の違いを語っている圭介を見て、昨夜のケンカのことはいったん忘れ、真由美は圭介と出会った10年ほど前の光景が、ふと脳裏をよぎった。

まだ二人は若く、相手のすべてを尊重しあえた。

当時から圭介は物知りで、いつも真由美にうんちくや知識を教えてくれた。うんうん、そうなんだ、と頷く真由美を見て、さらに饒舌になる圭介。そんな圭介が愛しくて仕方がなかった真由美。

「……ていうのがそもそもの語源だったりするんだよね。諸説はあるんだけど」
「へ~。おもしろい。なんでも知ってるね圭介くん。ふふふ」
「いやいや、真由美ちゃんの吸収力もなかなかだよ。ははっ」
「そう?あはは。でもほんと最近賢くなった気がするし、圭介くんと会ってからなんだか毎日が充実してる。大人になったらさ、時間が経つのが早いとかよく言うけどあんまり感じないんだよね」
「あ、それはほんとに日々が充実してる証拠だよ。それで言うとさ、“ジャネーの法則”っていう話があって」
「……じゃねーのほうそく?」
「うん。この世で最も平等なものは時間。森羅万象すべて……」

そうだ。思い出した。
ある日、圭介が『ジャネーの法則』という話を聞かせてくれた。

それは、歳をとった方が時間の流れが早く感じ、若いころはゆったりと時間が流れることを説明した理論。年齢を重ねるにつれて、よく言われる「一年があっというま」という感覚には、実はしっかりとした心理的要因があるとのこと。

例えば、50歳の人間が感じる1年は、とても早く感じる。理由としては、それくらいの歳ともなると同じ日々、ルーティンの繰り返しで“代わり映えがなく生活にも感情にも、新鮮味がなくなってしまっている”から。

が、逆に小さな子供が感じる1年は、“目新しいことだらけで常に感動し、処理能力も少ないため、とても、とても長く感じる”のだそうだ。

諸説はあるが、赤ちゃんなんかの1日は、大人の何倍も体感として長く感じているらしい。

──そこまで思い出したとき、真由美は背筋が凍った。
あのケンカは。
あの気まずい沈黙は。
あの美羽の涙の時間は。
大人にとってもしんどい時間だが、小さな子供にとっては、とんでもない苦痛なのでは……?

美羽が私たちのケンカをとめるために泣いてくれているあの時間は、本人は一体、どれほど長く感じているのだろう。

「圭ちゃん」
「……んーー?」
「話があるの」

真由美が近くのベンチに圭介を促す。
圭介の手を繋いだ美羽もとことことついてきた。
こんな時間は、できるだけ早く終わりにしないといけない。

「ほらちゃんと全部必要なもの入れたの?大丈夫?」
「しっかり寝て食べるんだぞ。美羽」
「大丈夫だってもう。二人とも心配性だな~」

25年の時が経ち、美羽は28歳になっていた。
結婚が決まり、長らく暮らしたマンションから巣立つときがきたのだ。

「最後に眺めとくか」と、ベランダから見える公園とレインボーブリッジの慣れ親しんだ景色を、改めて目に焼きつける美羽。

「懐かしいな~。子供の頃さ、よくあの公園行ったよね?」
「そうね、覚えてるの?」
「うん。すごく覚えてるし、なんだろ。パパとママがさ、なんか途中からすっごい仲良くなった、みたいな記憶があるんだけど……あってる?」

言われた二人は顔を見合わせた。

「そんなこと覚えてる…の?」
「え?当たってる?すご!あはは。なーんか自分がよく泣いちゃってた記憶もあるんだよ。多分わたしがワガママとかで困らせてさ、二人がケンカとかしてたのかな……?はは」
「いや、そんなこと…」
「でもそれよりもさ、公園がすごく楽しみだったことのほうが、よーく覚えてるんだよね」

子供の感じる時間は、大人とは違う。

本当によかった。

悲しい時間よりも、楽しい時間を、長く感じさせることができて。

圭介と真由美は二人目を合わせ、同じことを思っていた。

家族3人で過ごす最後の夜。
間違いなく今、3人の心は繋がっている。煌々と輝く、あの虹の橋のように。

この物語はフィクションです。

バイク川崎バイク(BKB)

ピン芸⼈。1979年12⽉17⽇⽣まれ、兵庫県出⾝。2014年、『R-1ぐらんぷり2014』決勝進出。ショートショート作家としても活躍。“すぐ読めて、もう⼀度読み返したくなる” BKBのショートショート(超短編⼩説)として作品投稿サイト「note」で⼤反響を呼び書籍化が実現。

次回のショートショートは12⽉1⽇更新予定です

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