Volume 4
地下での覚醒

 最近のカーナビは本当に性能が良い。特にスマートフォンのカーナビアプリはデータが常に最新のものへ更新されるから、運転席のどこかにホルダーで固定しておけば、どこへ行こうにも迷わない。ハンドルに取り付ける、Bluetoothで地図の縮尺等の操作ができる各カーナビアプリ専用の小型コントローラーもあったりするから便利だ。運転初心者が都心の道をいきなり走ろうとしても、問題ない。

 車を運転する人でも、たまに「首都高はちょっと難しそうな印象だから使わないようにしている」という人がいる。女性に多い。僕はその度にカーナビアプリをおすすめしている。本当のところ、首都高は一般道と異なり数年単位ではほとんど変更がないから、データ更新されない車載カーナビでもじゅうぶんではあるが。

 そんなふうに性能が良すぎるカーナビアプリを僕は日々使っているわけだが、唯一の弱点もある。車速センサーと有線で接続している車載カーナビと異なり、GPSといった電波情報だけで現在地をつかんでいるカーナビアプリは、地下の道に弱い。首都高には地下の道がある。

 地下を走っているとたまに、「およそ一キロメートル先、〇〇出口を、斜め右方向です」と案内されてから、気づいたら〇〇出口を通り過ぎてしまったりということがある。以前、初台南出口から地上に出ようとしていたが、カーナビアプリがなにも言わないのでそのまましばらく地下を走り続けてしまった。地上に出てようやく、自分が誤って埼玉方面にまで近づいてしまったことに気づいた。

 とりあえず近くの出口から高速道路を降りる。位置情報をつかめていなかったカーナビアプリは混乱しているようで、目的地への正しい再検索ルートも出せていない。道路標識で現在位置等を確認しつつ、なんとか車を一時停止させられる場所を見つけようとする。探すと、そういった場所はなかなか見つけられない。

 ただこういうとき、己の頭はフル回転していて、妙な興奮を覚えていたりもする。自分はコンピューターに頼らずとも、窓の外に見える視覚的情報だけで、目的地にまで行けるんだぞ、と。実際に、昔はそれができていた。カーナビに頼りまくるという身体性の欠如した走り方には日頃から不全感をおぼえていて、それから脱却し、運転を自分のもとへ取り戻したかのような感覚か。

 最近では首都高の地下に入る際、己の能力の覚醒を予感し、興奮気味になっている。

(次回は6月更新予定です)

PROFILE羽田 圭介(はだ けいすけ・作家)

1985(昭和60)年、東京都生まれ。明治大学商学部卒業。2003(平成15)年、『黒冷水』で文藝賞を受賞しデビュー。2015年、『スクラップ・アンド・ビルド』で芥川賞受賞。他の著書に、『成功者K』『ポルシェ太郎』などがある。

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