TOP / バイク川崎バイクのショートショート あの日、首都高が見える街で。 / 第6回『これはただの確率のお話』
Column私たちが⽇々⽬にする景⾊に溶け込んでいる、東京の象徴とも⾔える⾸都⾼。
そんな⾸都⾼のある⾵景の中で暮らす⼈々のドラマを描いた超短編⼩説。

首都高のある風景

高速5号池袋線
サンシャイン前交差点周辺
(東京都豊島区)
池袋エリアのシンボル的存在でもある高層ビル「サンシャイン60」は、1978年の開業当時、東洋一の高さを誇っていた。ビルの真下には縦横無尽に首都高が走り、高層ビルと首都高のコラボレーションが楽しめる。
第 6 回『これはただの確率のお話』
「休みの日とか……なにをされてるんですか?趣味などはおありですか?」
たまたま立ち寄ったBARのマスターが、紳士的なトーンで訊ねてきた。
私以外に客はおらず、老紳士なマスターと二人きり、というのがなんだか気まずくなり「ここは定休日はいつですか?お店はいつから?」などと、間を埋める質問をカウンター越しにしたもんだから、あちらさんも気を使ってくれたのだろう。
すでに汚れなど一つもない同じグラスをキュッキュと拭きながら、こちらの返答をにこやかに待つマスター。正直に言うべきか。いやあ、でもなあ。
趣味という趣味は、ある。それは自信をもって、ある。胸をはって、ある。ただ、人によっては伝わらないことが多い。それを共有できる友達も、今はあまりいない。
いや、誰にカッコつけてるんだ私は。全然いない。うん。いない。そしてこのBARにも誰もいない。いない。いないいないBAR。
「いないいない……」
「はい?」
しまった。
「あ、いや、えーと、その……アニメが好きで……」
「アニメ。いいですねぇ。僕も子供の頃はよく見てましたよ。知ってますか?『妖怪人間ベム』、『宇宙戦艦ヤマト』に『巨人の星』」
「……聞いたことはあります」
「そうですか。はは。ちょっとお客様には古かったですね。すみません。して、どのような?」
「えと……青エク…『青の祓魔師』とか、このすば…『この素晴らしい世界に祝福を!』とか」
「え?なんですか?えくすて?すばる?ごめんなさい。わからないものですねやはり」
「いやいや、ですよね。ははは」
そりゃそうだ。アニメはもはや日本を代表する文化だが、みんながみんな詳しいわけでもないし、アニメ好きを公言して『鬼滅』と『ハイキュー!!』しか見てない人もいるし(それは別にいいのだが)、この老紳士マスターがアニメをマスターしていないのは当然のこと。
ふと思い出す───。
夜な夜な友人と朝までアニメの素晴らしさを語り、時には涙し、夏休みに親に頼み込んでお小遣いをもらい、東京までグッズやイベントを見に行っていたあの青春時代を。彼氏がいなくても推しキャラがいればそれでよかったアオハルを。
今の私はというと、田舎から上京し、社会人も3年目に差し掛かりエンジニア関係の仕事でパソコンとにらめっこしている日々。
東京に住んだのは、半分はアニメ文化に近くで触れるためだ。
だが、もちろん社会人となったのだから仕事はがんばりたい。エンジニアというのは当然奥が深く、学ぶことはたくさんある。
男性がやや多めの職場ではあるが、皆、仲もよく、優しく接してくれている。
唯一問題があるとすれば、職場にアニメの話ができる人が一人もいないということ。本当に一人も。
三十人ほどの小さな会社だがこんなことがあるのか。同期の社員とも飲みにいった。もちろん上司、後輩とも。人となりを探る話から、当然そんな趣味の話題にもなる。
すると皆、ことごとくアウトドアで、やれ野球観戦だ、ゴルフだ、ドライブだ、釣りだ、キャンプだと。
いや、もちろん素晴らしい趣味だ。それはわかっている。でもこんなことってある?
一人も、一人もアニメに興味がないって。
そりゃあ学生時代にもさ、そんな知り合いはいたよ?「漫画もアニメも見ないんだ。それより外が好き」な人。わかる。全然わかる。私があまりそっちに興味がないだけで。
これはインドアVSアウトドアの話ではない。
『確率』の話だ。
「漫画もアニメも見ないんだ」の人達だけがたまたま、今の会社に全員集まったってこと?そして私だけがイレギュラーインドアってこと?確率に納得がいかない。
「えと……マスターは趣味とかあるんですか?」
まあとりあえず今は、このたわいない問答を繰り返すしかない。
マスターの口から「ドライブが趣味」という話題が出て、「いいですね」と私がThe社交辞令の合いの手をいれるやいなや、そこからまさかの30分、マシンガンドライブトークが繰り広げられた。
ドライブの気持ちよさ、心地の良い音楽、一人でもできる、カーシェアなどもあるから東京でも手軽、道に迷うもご愛嬌、風になれる、などなど。風になれるのはバイクではないか、などと邪推しかけたがそれは置いといて。
───この日の私はどうかしていたのだろう。あるいは年長者の熱にあてられたのか。もしくは誰にも趣味の話ができていない私は、なにか変えたいと思っていたのか。
マスターの目の前で、インドアバンザイの私が、次の連休の最終日にカーシェアリングを予約して、一人ドライブに行くことを決めたのだから。
*
そしてドライブ当日───奇跡は起こった。
目的地は、池袋の行きつけのアニメショップまで。
サンシャイン池袋前の交差点からは、壮大な首都高がよく見える。いつも徒歩でアニメショップ巡りをしながら、ふと見上げるとその迫力に圧倒されることがある。
マスターの「高速道路は特に風になれますよ」という一言が効いたのか、無性にあそこを走りたくなったのだ。
自宅近辺から、最寄りのカーシェア乗り場で無事、大きすぎない車をゲット。
実家にいた頃はよく親の車を拝借していたが、久々の運転だ。とにかく安全に、高速は合流と車線変更が肝だな、などと、脳内を運転一色にしていた。
しかし、そのような心配はすべて杞憂となる。
「ど……どういうこと!?え?は?」
高速を走りながら私は、このような言葉をずっと並べていた。
連休の最終日、この高速道路はなんと、“私しか走っていなかった”のだ。
大げさではなく。私以外の車がいない。とんでもないことだ。なんだこれは。一瞬パニックになりかけたが、道はガラ空きで安全なので、そのまま走れた。
憶測ではあるが、アニメ好きの私はある仮説にたどりつく。
まさかこれも……確率の話……?
「今日は出かけるのやめとくか」とか「連休最終日はどこも混むから家にいよう」とかで出かけない人はいる。それが“たまたま”、“全員”そう思ったってこと?何%の確率だこれは?
会社にアニメ好きがいない確率とはわけが違う。
一人で首都高を独走(もちろん制限速度で)している私は今、 間違いなく───風になれている。
後日、このことを会社の車好きの先輩に話したら案の定ものすごく盛り上がった。そりゃそうだ。こんな奇跡の確率の話。
そのまま先輩とも仲良くなり、私の好きなアニメにも興味をしめしてくれて、また週末アニメ展へ先輩の車で行くという、最高の約束もとりつけた。
その夜、またあのマスターのBARに行ってみた。先日とは、打って変わって満席の大盛況。一席だけ空いたカウンターに腰かけて、忙しそうなマスターに取り急ぎ話しかける。
「マスタ〜。ドライブ行きましたよ〜。めっちゃ楽しかったです」
「おやおや、それはよかった。風になれたようですね。ははは」
変わらず落ち着いた口調のマスター。私は失礼も承知で訊ねた。
「はい。てか今日すごいですね?大繁盛。こないだとはぜんぜん……」
「ああ……それで言うと、お客様が一人だけ、だったのはあの日が初めてのことだったんですよ」
……また確率の野郎め。
趣味が増えた私は、ニヤリとしながらそうつぶやいた。
この物語はフィクションです。

次回のショートショートは12⽉1⽇更新予定です