Volume 5
同時進行

 とあるテレビ番組のロケ撮影が、行われるのか中止なのか、前日までわからなかった。

 四日間にわたり路線バスだけを乗り継ぎA地点からB地点を目指す、というシリーズものの企画だ。東京から遠い場所が出発地点の場合、撮影日前日の夕方までに前乗りして宿泊するケースが多かった。ただ今回は、新型コロナウイルスの影響もあり、ロケが中止になるかもしれないとの連絡をもらっていた。

 前乗りする日の前日になっても、ロケが行われるかどうかの連絡はなかった。当然、集合場所や、どの新幹線や飛行機に何時頃乗ればいいかも、わからない。たしかにいつも、現地入りするまでゲスト出演者が誰かも知らされず、乗るべき飛行機や新幹線だけ前乗り日の前日に指定されるケースが多い。しかしこの回に関しては、前乗り日の昼になって、ようやく詳細を知らされた。スタート地点が大宮なので前乗りの必要はなく、撮影当日の朝、ロケ車で自宅前まで迎えに来てくれるとのこと。

 もっと早く知らせてくれよと少し不満に思うも、前乗りがないのであればそれだけ執筆に専念する時間をとれると喜びもした。ちょうど、手間どっていた小説の直しが、終わりそうなタイミングだった。一ヶ月以上とりくんでいた直しをその日の晩に終え、編集者にデータを送ったとき、ものすごく満足感があった。

 というのも、数日間にわたるロケ撮影の間中、僕は小説に向きあう時間がとれない。書き直した小説を送りさえしておけば、僕が小説に向きあっていない時間でも、編集者が頭を使い僕の小説に向きあってくれる。つまり、小説の仕事をしていなくても、小説の仕事がちゃんと進むのだ。

 急いでパッキングをして寝ると、翌朝、自宅前にロケ車が迎えに来た。まだ眠かった。途中、コンビニで停車したため、ホットコーヒーを買ってもらった。ただ正直、飲んでいいものか迷った。ロケが始まるまで二時間半ほどあり、それまでに小間切れに寝るのであれば、カフェインは摂取しないほうがいい。眠気をふりきり覚醒したいのであれば、今飲んでもいい。やがて首都高に入ったロケ車の中で、結局コーヒーを飲んだ。

 新都心西出口で下道に降り、いったんビジネスホテルの一室で準備をし、大宮駅前に移動後、撮影がスタートした。四日間で、富山県の黒部駅前へ行くことを告げられた。

「羽田君、埼玉出身でしょう? 埼玉の乗り継ぎは詳しいんじゃないの」

「いや、埼玉にいたのは小二から大学時代までですし、それに僕が住んでいたのはほぼ東京寄りの埼玉だったので……」

 自分で車を運転して行けば黒部なんてすぐなのにな……と思いつつ、眠気のとれた頭をはたらかせ、乗るべきバスを探した。

(次回は9月更新予定です)

PROFILE羽田 圭介(はだ けいすけ・作家)

1985(昭和60)年、東京都生まれ。明治大学商学部卒業。2003(平成15)年、『黒冷水』で文藝賞を受賞しデビュー。2015年、『スクラップ・アンド・ビルド』で芥川賞受賞。他の著書に、『成功者K』『ポルシェ太郎』などがある。

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