Volume 7
犯人わかりました

 芥川賞を受賞してから、テレビの旅番組の出演依頼を時折もらうようになった。旅する小説家に憧れていたので、嬉しかった。

 国内外あちこちへ行くのはもちろんだが、それまであまり乗ってこなかった新幹線や飛行機に乗ることや、それらの発着地点である東京駅や羽田空港へ行くのも、楽しかった。行きは旅が始まる高揚感があるし、帰りは旅の余韻にひたれる。空港中央ICから首都高に入り、しばらく真っ直ぐの区間を走る間、異国の空港付近の道のようにも感じられた。

 細かい話だが、飛行機に乗って移動する仕事の場合、仕事相手の会社から飛行機のチケットを手配してもらうことがほとんどなのだが、空港への行き来に関しては、ケースが分かれる。

 飛行機での旅はスーツケースを持っていたりと荷物が多く、電車移動よりタクシーのほうが楽だ。当然ながら、電車賃よりタクシー代のほうが高くつく。広告やイベント系の仕事だと、タクシー券を事前に渡されていたり、タクシーを使ってあとで精算してくれというケースもある。迷うのは、それに関しなにも言われない場合だ。

 たぶん、多くの場合において、タクシー代をしれっと請求してしまえば、もらえるのだとは思う。そうしている著名人は多いらしい。出版業界や放送業界でも、勝手にタクシーに乗って代金を請求してくる大御所のケチ話を聞いたことがある。つまり、陰でそう言われてしまうほど、あまりよろしくない行為らしい。

 だから僕は、相手から「タクシーを使っていい」と言われていない場合、電車で自宅と空港を行き来する。なんなら、タクシー代をあとで精算しますと言われていても、電車を利用したりする。電車のほうが、所要時間の狂いが少ないからだ。タクシーで渋滞にはまって乗るべき便を逃すかどうかの心配をしたくない。

 近畿地方で数日間にわたり行われたとあるロケ撮影の仕事でも、行きは空港まで電車に乗った。ロケを終え数日後、直接のやりとりをしていた女性スタッフから、メールで連絡があった。

〈羽田さんのご自宅から空港までのタクシー領収書を買い取らせていただいているのですが、出発日の前日の日付となっておりました。ロケ出立は前泊されたのでしょうか?〉

 思いだすが、そんな記憶はない。出発日は、電車で空港まで行ったからだ。その旨をメールで伝えしばらくすると、次のようなメッセージが届いた。

〈すみませんでした! 犯人わかりました!〉

 勘違いされたことよりも、その文面のほうが気になった。〈犯人わかりました!〉とは。局内、もしくは制作会社の人たちのうちの誰かによる事務的ミスなのかと思っていたが、〈犯人〉と言われてしまうと、なにがしかの悪意がはたらいたかのような気にもなってくる。誰かが僕になりすましてタクシーに乗り、僕からレシートを預かったとでもいうような顔をして、代金を精算してもらったのか。数年経った今も、真相を訊くことはできていない。

(次回は3月更新予定です)

PROFILE羽田 圭介(はだ けいすけ・作家)

1985(昭和60)年、東京都生まれ。明治大学商学部卒業。2003(平成15)年、『黒冷水』で文藝賞を受賞しデビュー。2015年、『スクラップ・アンド・ビルド』で芥川賞受賞。他の著書に、『成功者K』『ポルシェ太郎』などがある。

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