TOP / サンプラザ中野くん×エッセイ あの時、首都高の上で。 / 第4回『雨の日、首都高で車は回った』
Column
vol.4
雨の日、首都高で車は回った
今回が最終回ということで、私自身の首都高速道路での失敗談を書いてみたいと思う。自戒の念を込めて。そして皆さまの安全運転の参考に少しでもなれば嬉しい。
あれは今から40年近く前、激しい雨が降る日のことだった。首都高速湾岸線を私は仕事場に向かって急いで走っていた。前方には大型トラック。そのトラックが巻き上げる激しい水しぶきを浴びながら走っていたため、視界は決して良いとは言えなかった。しかも急いでいた私は、今思えば車間距離をかなり詰めていたのだと思う。
そのとき突然、前の大型トラックが左へ車線をずらした。前が開けたと思った私は、反射的にアクセルを踏み込んだ。すると、路面に黒い折り畳まれたゴムシートのような落下物が見えた。回避する余裕はなく、次の瞬間、私の車はそれに乗り上げていた。
気がつくと車はスピンしていた。一回転だったのか二回転だったのか、正直よく覚えていない。とにかく激しく回転した末、ようやく車は停止した。
恐る恐る顔を上げて前を見ると、なんと正面から車が向かってくる。スピンした結果、私は道路上で反対向きに止まってしまっていたのである。
慌てて後続車に向かってパッシングした。すると驚くことに、後ろから来た車はすべて見事に衝突を回避してくれた。奇跡のような瞬間だった。
本当に多くの方に迷惑をかけてしまった。もちろん落下物が直接の原因ではあったが、今振り返れば、急ぎすぎていた自分の運転にも大きな問題があったと思う。もう少し車間距離を取っていれば、回避できたかもしれない。というわけで、皆さん。雨の日は特に、どうか車間距離に気をつけてほしい。交通安全を心から祈っている。
そして今年の山の日、8月11日には爆風スランプの35年ぶりの日本武道館コンサートがある。
どうぞ安全運転でお越しいただきたい。
1960年8⽉15⽇⽣まれ。 ⼭梨県甲府市出⾝(千葉県流⼭市育ち)。1984年に爆風スランプのヴォーカルとしてデビュー。ほぼ全ての楽曲の作詞を手がけ、1988年にリリースした「Runner」で紅白歌合戦に初出場。翌年の爆発的ヒットにより、更に幅広いファンを獲得。その後も「リゾ・ラバ(resort lovers)」をはじめ数々の楽曲をリリース。15周年を迎えた1999年4月に爆風スランプは活動休止宣言。2008年1月に「サンプラザ中野くん」と名前をリニューアル。爆風スランプデビュー40周年を迎えた2024年に再集結。26年ぶりに新曲リリースとツアーを開催し、各方面から話題を呼ぶ。2025年2月に、爆風スランプの楽曲「大きな玉ねぎの下で」が映画化。そして今年2026年8月11日(火・祝)に、35年ぶりの日本武道館公演を開催する。





